『梨』と『氷温技術』この鳥取に関係の深い『食物』と『技術』は、
見えない部分でもしっかりとお互いを支えあっているのでした。

氷温に秘められた未知なる温度帯の魅力。氷温技術の誕生。
“氷温”。それは、1970(昭和45)年、鳥取県食品加工研究所長である故・山根昭美博士が、偶然にして発見したことから始まる。
二十世紀梨の長期貯蔵の研究中、保冷庫の温度管理が0℃以下になるという事態に陥る。当然、保冷庫の中で凍ってしまったと思われた二十世紀梨だったが、出迎えてくれたのは何ともみずみずしい美味しさの二十世紀梨だった。
それまで、「プラスの生の世界」と「マイナスの死の世界」しかないと思われていた世界に突如発見された0℃から細胞が凍る氷結点の間の「固有の氷温領域」。
それは、生命エネルギー本来の持つ魅力を最大限に生かす、古くから伝わる雪の下での貯蔵方法にも似た、現代の発見技術であった。
氷温の誕生。
マイナス20℃,マイナス30℃といった厳寒地に生息する種目,カエル,ヘビの両生類や魚類は何故凍結死しないのだろうか。
この疑問に着目し,実は0℃以下の世界は必ずしも凍結(=死)の世界ではなく,脈々と生が営まれているのではないかと研究したのが山根昭美博士(1928〜1998)。
そして研究の末,食品を含む生き物が,0℃以下でも凍結(=死)せず,生き続けることができる温度領域を発見。それが,「氷温」の誕生となった。
氷温の特徴。
日本は、四方を海に囲まれた,四季の区別がはっきりとした国。この,山,海の幸の恵みによって生かされてきた私達はその昔から「寒ざらし」,「寒干し」,「寒仕込み」といった加工方法で食材を保存し、食してきた。これは,最も外気の寒い時期を利用した食材の加工方法を指した言葉で、朝晩の気温の温度差が大きいため同時に起こる乾燥によって、生きものである素材にストレスを与えることにより,旨味も増す。
この、古くから伝わる自然の摂理に基づいた保存方法を現代に蘇らせ,冬だけでなく年間を通して実現可能としたのが“氷温”なのだ。


氷温貯蔵を試みた、二十世紀梨。
山陰の特産品でもある“二十世紀梨”。二十世紀梨は、独特の淡い緑色で、水々しさと甘さとが絶妙なバランスで味わえる青梨だ。長期保存は大変むずかしいとされる二十世紀梨だが、氷温貯蔵により、これまで初秋の短い期間しか味わえなかった二十世紀梨の風味が冬から春にかけても楽しめるようになったのだ。
この、氷温技術を取り入れた、標高200m、6000坪を有し、爽やかな風の吹き抜ける井田農園を訪れた。
「私たちは、生産者の顔の見える梨作りをモットーに、有機肥料と動物性有機肥料をバランス良く施肥することにより、本当に美味しい果物を安心して食べて頂けるよう、常に心掛けています。」と話すのは、夫婦で力を合わせ、美味しい梨作りに励む井田御夫妻。
「販売物ではないですが、試食してみて下さい。」と、ソッと差し出されたのは氷温庫から出てきたキンキンに冷えた二十世紀梨だった。取材に訪れたのは八月の初旬。まさか、こんな時期に梨が食べられるなんて!と感激を隠せないまま、今年初の梨を、口に含む。
するとなんと、水々しいことだろう。ジュルっと果汁が口の中を包み込む。聞くと、この梨は去年採れたものだそうだが、まさかこの時期にこんなに美味しい梨が頂けるなんて…。感激を隠せなかった。
目の前に広がる農園には、まだ拳大程の青い梨達がひとつひとつ丁寧に袋をかけられ、気持ちよさそうにぶら下がっている。「初秋には収穫に入るこの梨を、長い期間、穫れたての美味しいままで届けたい…。その想いからこの氷温庫を取り入れることを決意しました。氷温庫のお陰で収穫時期から4月までの間、年間を通して販売が可能となり、本来の旨味を最大限に生かした梨を皆さんに味わって頂けることはとても嬉しい」と井田夫妻は話す。
生産者の方々が手間を惜しまず、沢山の愛情を注ぎ作られた梨達は、山根博士が生み出した“氷温技術”により、その旨味をさらに深める。そうして全国各地へと年間を通じて届けられていくのだ。
素材の持つ旨味を最大限に引き出された食材は、多くの人々の熱い想いがあってこそ生まれた、現代に生きる技術であった。
山根昭美博士
「氷温」の生みの親
山根昭美博士(1928-1998)
S.32年鳥取県食品加工研究所入所(S.43〜60年所長に就任)。
氷温技術の研究に取り組む。(社)地域経済総合研究所より「第1回ちいき経済賞〜フロンティア・テクノロジー賞」を受賞するなど数多くの功績を残した。

