中海をのぞむ安来市の南部・広瀬町から奥出雲にかけてのエリアは、明治時代に洋鉄が導入されるまで日本の製鉄産業の中心地だった。粘土で築いた炉に砂鉄と木炭を入れ、ふいご(送風機)で風を送りながら木炭の熱で砂鉄を溶かして鉄を生産する『たたら製鉄』は、良質の砂鉄が採取でき、豊かな森林に恵まれた中国山地ならではのものだった。広瀬町比田地区にある『金屋子神社』は、製鉄や鍛冶の守り神「金屋子神」が、高天原から播磨国を経由して白鷺に乗って降り立ち、この地で製鉄法を伝授したことにちなみ、祀られたという神話が伝えられている。
一度に三昼夜をかけ、たたらの炉にできた「鉧」(※鉄の塊)には、刃物原料の鋼、鉄、そして鋳物や包丁鉄の材料になる銑などが含まれている。これらは、江戸時代中期まで安来の湊から大阪の卸問屋に運ばれたが、後期の天保年間には北前船の寄港地・美保関を介して、新潟・福井・大阪・兵庫・岐阜などの金物産地へ直接運ばれるようになった。たたら製鉄で生産された純度の高い鋼はとりわけ刃物用の鉄(鋼)として全国の刃物産地で重宝された。今回のサイズでは、鉄・米の積み出し港として栄えた頃の安来にスポットを当て、「たたら」と「安来節」を取り巻く物語を取材した。
民衆の暮らしや仕事の中から生まれた安来節
安来港を見守るように立つ十神山。古くは砥神嶋と呼ばれ、
江戸時代の享保年間に埋め立てられ地続きに。
安来節の起源は、江戸時代の中期・元禄時代の頃。世の中が泰平になり、民衆の間に歌舞音曲が流行った頃、“七七七五調”の歌詞の原型らしきものが歌われたとされる。港町として人・モノの交流が活発になる中、全国のおけさ・追分などの民謡、田植え唄・舟歌が混ざり合い、安来節は十神山など地元の特色を盛り込みながら、民衆の歌・仕事の歌として育くまれた。明治初期にはほぼ完成され出雲地方で大流行した安来節は、初代・渡部お糸(明治9年~昭和29年)の登場でさらに花開く。お糸は三味線の冨田徳之助と一座を結成し、全国各地を巡業。大正5年にレコードに吹き込むなど、安来節の黄金時代を築いた。
そんな安来節に欠かせないのが、「どじょうすくい」踊りだ。名調子に合わせ、小川でドジョウをすくう所作をユーモラスに表現する踊りは、余芸でありながら正調安来節の人気を押し上げた。これはドジョウを肴に酒盛りをしていた飲兵衛たちが、安来節を唄いながら即興で演じたのが始まりとか。しかし、一方でたたら製鉄との関連を唱える説もある。ザルでドジョウを追い、すくって腰元のカゴに入れるまでの一連の動きは、川で砂鉄を採取する所作を取り入れたもの…とされているのだ。
そこでサイズ編集部は、この説に迫るべく安来市の郊外・広瀬町へと向かった。訪れた『鍛冶工房弘光』10代を数える小藤洋也さんは、「たたら製鉄はかつて地域の基幹産業だったので、そんな説があっても不思議ではありませんね。けっして断定はできませんが…。」と微笑みながら、一冊の本を見せてくれた。それは、洋也さんの祖父で刀匠・小藤弘光(亀一)氏が自ら記した、『砂鉄のうた』。鍛冶職人の目からとらえた明治から昭和初期の貴重な記録である。その中の一章・『安来節とどじょうすくい踊り』に添えられた写真の説明文には、 「鉄池」で鉄と土のまじったものをザルに入れてふるい分ける、この姿が安来節どじょうすくいの所作となったといわれる と書かれているのだ。もちろんこの文章だけで決めつける事はできないが、たたら製鉄に携わる人たちも、仕事をしながら安来節を口ずさんでいたのかな? と想像すると、何だか楽しい。「恋と鋼はよう似たものよ〜」「熱い情にハガネも溶ける〜」など、歌詞に唄われてもいるように、安来節とたたら製鉄は、安来の地にあって切り離すことはできない文化の両輪だと思えてならない。
松本春々作「玉鋼縁起」絵巻より、明治10(1877)年前後の安来港のにぎわい。(資料提供/島根県安来市 和鋼博物館)
安来節を全国に広めた初代渡部お糸
安来節を全国に広めた冨田徳之助

鍛冶工房 弘光
江戸時代に金屋子神社のお膝元・比田地区でたたら操業・鍛冶を営む。明治末期から旧街道沿いの布部に出て、荷馬車や大八車の整備、農機具・生活道具の製造、そして刀剣の鍛錬を手がけてきた和鋼を原料にした刀剣・生活道具で培った鍛造技術を基に、昭和50年代から中世~近世の鉄製灯火器の復元に着手。昔ながらの鍛造法で現代の生活様式になじむ燭台・行灯などの灯火器・工芸品を発表し、島根県伝統工芸品・全国伝統工芸品センターの推奨品に認定されている。金屋子神を奉った工房では、明治~大正時代にかけて築かれた「炉」の元、職人たちが炭火の炎と鉄の塊に向き合っている。
鍛冶工房 弘光
安来市広瀬町布部1168-8
電話.0854・36・0026

金屋子神話を訪ねて広瀬・布部〜比田地区へ。

金屋子神社
鉄の守り神・金屋子神社は、奥出雲町へ向かうR432号沿い、比田地区の静かな森の中に鎮座している。
金屋子神は、播磨国岩鍋(現在の兵庫県千種町岩野辺)から白鷺に乗って出雲国上空までやってきて、鉄作りに最適な地を探した。その条件とは、①豊富な砂鉄、②鉄を溶かすための大量な木炭、③炉を造るのにふさわしい粘土。それらを兼ね備えた場所が、ここ比田の地だったという。全国1200社の金屋子神社の総本社とあって、桂の木をふんだんに使った銅板葺きの本殿は神聖なたたずまい。


金屋子神話民俗館
金屋子神社に参拝した後に訪れたのは、150m先の丘の上にたたずむモダンな建物。鉄山師をはじめ、炭焼き・鍛冶・鋳物職人など、たたら製鉄に携わる人たちの仕事場には、必ずと言ってよいほど『金屋子神』が祀られていたという。その信仰は、現代でも鉄鋼関係者に受け継がれている。金屋子神話は、たたら製鉄が中国山地の自然とそこに暮らす人たちとの共生で出雲地方の重要な産業として成り立ってきたことを教えてくれる施設だ。
住所/来市広瀬町西比田213ー2
電話/0854・34・0700
開館/9時〜17時
休館/水曜(祝日の場合は翌日)
※12月〜3月(冬季休館)
入館料/大人300円、高校生200円、小・中学生無料
白椿湖

飯梨川上流にある白椿湖は、「野ただら」による鉄鋼生産が盛んだったなごりが随所に。中国地方一の吊り橋「白椿大橋」(長さ128m)を高い! 揺れる! …とスリルを味わいながら中ノ島公園に渡ると、約6kmの散策路がある。約2000本の白椿の見頃は4月中頃。
〈取材協力〉
◎安来節演芸館・安来節保存会(古川町)
◎和鋼博物館・金屋子神話民俗館(広瀬町西比田)
◎鍛冶工房弘光(広瀬町布部)
〈参考資料〉
◎砂鉄のうた/小藤弘光(亀一)著
◎松江・安来ふるさと大百科/藤岡大拙監修/郷土出版社刊
◎やすぎ図鑑(安来市制50周年記念写真集)
◎ 和鋼博物館図録(総合案内)
安来節演芸館
ふるさと民謡の殿堂安来節演芸館をのぞいてみよう!
2011年は、明治44年(1911年)に発足した「正調安来節保存会」の100周年にあたる。山陰両県を中心に全国に68支部、会員数約4000人を抱え、毎年8月には安来節全国優勝大会を開催するなど、全国的な人気と裾野の広さを物語っている。
現在、安来節保存会の本部があるのが、さぎの湯温泉・足立美術館となりの『安来節演芸館』だ。平成18年、安来節の保存・普及を目的にオープンした施設は、約200名収容の演芸ホールが見どころ。大人がゆったりと寛げる桟敷風の席から、保存会の会員が演じる安来節の歌と踊り、銭太鼓といった生のステージを観賞できる。間近で観て聴く安来節は、どこか哀愁が漂って心に響く。どじょうすくい踊りも、おどけた振り付けの奥に美しい所作が秘められている。故郷の民謡に興味のある人は、ぜひ一度本物をご覧あれ! 今や特産品となった安来産どじょう料理が味わえる食事処『どじょう亭』も敷地内にあり、おすすめだ。
安来節演芸館
住所/安来市古川町534 電話/0854・28・9500
営業/10時~17時 休館/水曜(5・10・11月は第1水曜日のみ)
安来節観賞料金/大人600円、小・中学生300円
(※1Fの展示・土産物コーナーは無料)
公演時間/10時30分~、11時40分~、13時30分~、15時30分~
※各30分間で1日4回
安来節演芸館体験プラン/2階教室にてどじょうすくい体験30分&
演芸ホール観賞30分。5名~40名で1人2500円。
◎ 安来節保存会/安来節演芸館2F 電話/0854・28・9988
http://www.y-hozon.com/






























